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コーナーの向こうに ラップタイム(3) - YRS Mail Magazine No.101より再掲載 -

ラップタイム ( 第3話 )

ちょっとすえた匂いのする、壁にシミのあるモーテルで朝を迎える。

長い直線のあるロードアトランタ用にファイナルギアを上げてきたが、初めて走るコースにマッチするかが気にかかる。「途中で吹け切んなきゃいいけどなぁ。」アトランタに着いた時から頭のどこかで考えていたことが、ようやく意識として現れる。

小鳥がさえずるパドックに到着。テントを抜け出した人々。歯を磨き顔を洗う。

さぁ、レースウィークの始まり。

火曜日は30分の練習。もちろんラップタイムの計測はされる。水、木曜日は30分ずつの予選。都合90分走ったところでレースが始まる。

ロードアトランタにいる時間が長い割には走る時間は少ない。とは言え、28クラスを消化するのがから、コースオープンともなればコース上には常に「何か」が走っている。

「とにかくやるべきことはやったし、やり残したこともないし。」カフェテリアに行ってコーヒーを調達。1コーナーアウト側に設けられたスタンドに座る。煙草に火をつけ深々と吸う。「ウマイ!」

正面には広がる森を切り裂いたところに敷いたようなストレート。左手には一瞬「これもコース?」と思えるほど急な角度で上っている1コーナー。好奇心と不安がせめぎ合う。全開で出てくると聞いた最終コーナーは、まだ遠く霞みの向こう。

「ピーッ」と笛が鳴り最初のグループのプラクティスが始まる。アメリカのレースには、ふつうタイムスケジュールがない。プリントされたものがあるにはあるが、走行順序が書いてあるだけ。スケジュール通りなのは開始の時刻と、「昼食時間の長さ」だけ。早く終われば次がスタート。遅れれば次も遅れる。当然。常に進行に気を使わないとならない。時計は頼りにならない。

クルマに戻り着替える。綿のTシャツ。ノーメックスのアンダーウエア上下。ノーメックスの生地と綿でできたトリプルレーヤーのレーシングスーツ。肌寒い季節がちょうどいい。グローブとマスクとゴッグルはヘルメットの中に入れてロールケージからぶら下げる。

聞けば、GT5クラスのラップタイムは1分36秒あたりが目標になるとのこと。ポールタイムは35秒台との予測もある。平均時独152Km。ほぼウイロースプリングスレースウエイと同じ。けっこう速いサーキットだ。

歩くような速度でクルマを進めプリグリッドに向かう。ピットからは前の前のグループがコースインするところだ。だから、まだ1時間はある。いつものように、何かを考えるでもなく頭の中を白紙にしていく。

とにかく、自分の経験より、クルマの性能より速くは走れない。まずその両方をメイッパイ引き出して走ることだ。余計なことはする必要ないが、躊躇してはだめだ。ただ自分の限界を見極めていれば、「次」が見えてくるかも知れない。長いストレートを使えば新しい展開が開けるかも知れない。

「ピーッ!」前のグループがコースインを始める。GT5の先頭でプリグリッドに入る。

スターレットにはクローズレシオのトランスミッションを組んであるが、ギア比が各コーナーに合うかもわからない。

5点式のシートベルトを締め、ウインドウネットをかける。マスクをかぶり、ジェット型ヘルメットをつけゴッグルをその上にのせる。グローブをつける。深呼吸をする。頭をカラッポにするため、腹をできるだけ膨らまして大きな腹式呼吸をする。

「ピーッ!」ピットロードのコーナーワーカーがゲートを開ける。クルマを進める。初めて走るアメリカ屈指と言われるロードアトランタ。その第一歩が始まる。

少し高台になったピットから降りていくとストレートと合流。場所的にはちょうど1コーナーに対するアウト側のターインポイントにあたる。

もう一度深く息を吸い、遠くを見る。

朝、ひとりでコーヒーをすすり煙草を吸ったスタンドが視野の片隅に入ってくる。1コーナーに向かって切り込んでいくと、正面には「壁」のような上り坂が視界を占める。

第4話に続く

 

≪資料≫