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コーナーの向こうに ラップタイム(9) - YRS Mail Magazine No.109より再掲載 -

ラップタイム ( 第9話 )

予選結果は決して良くない。当たり前だ。そんなに簡単に速く走ることができたら、自分よりクルマにたくさんのお金をかけ、あるいは懐を気にしつつもいっぱい走りこんだドライバーに申し訳ないではないか。

モータースポーツは世界で最も不公平なスポーツだ。

たったひとつの優勝を狙いながら、同じレースに参加するクルマの性能が異なることはもちろん、ドライバーの経験も同じレベルでは決してない。

同じ車両を使うワンメイクレースですら、限界で走れば個体差が出る。車両規則の範囲でお金をかければそれだけ「速く」なる。

レースは不公平だ。わかっている。だから結果より「自分の気持ち良さ」が大事なのだ。絶対的より相対的なのだ、モータースポーツは。結果評価だけでモータースポーツを続けるのは辛い。なにしろ不公平なのだから。だから過程評価が大事。結果はあとからついてくる。

パドックで念入りに空気圧を調整し、2回目の予選に備える。晴れの舞台を前に食べたフライドチキンはうまかった。

8、800まで回すと何秒ぐらい速くなるかな?とおぼろげに考えながらクルマをプリグリッドに進める。いつもの通り早めに身支度してクルマに乗り込む。何も考えない。いや、考えていない時間が過ぎる。

昨日ピットへ戻って計ったタイヤ温度はきれいに揃っていた。あの走り方でよさそうだ。なにしろ、問題はストレートエンドの到達速度。余計なことはしなくてもいい。

「ピーッ!」笛が鳴る。GT5クラスのコースイン。

2回目の予選はレースのスタートを意識してウォーミングラップを1周にする。タイヤを丁寧に暖めながらも1周でどれだけグリップが出るか確かめなければならない。ローリングラップが1周だったら同じことをしなければならないのだから。

コースイン。昨日より少し速いペースで走る。が、その分だけステアリングワークに注意を払う。まだステアリングは軽い。スリックタイヤが暖まっていない。ウエイビングはしない。スムースな加減速を繰り返し前後の荷重移動でたいやを暖める。

SCCAで使われているスリックタイヤはバイアス構造。しかもカンチレバータイプ。おそらく限界自体はラジアルスリックの方が高いだろうしラップタイムも速いはずだ。が、スリップアングルが大きいだけコントロール性が高い。だから面白い。

なにしろコントロールが容易だから走りの自由度が高い。スライドしようと修正はそれほど難しくはない。ただコントロールできるからといってイイカゲンに走るとタイムが出ない。「キチンと滑らさないと速くはない」。だから面白い。

だから。SCCAにタイヤを供給しているゴッドイヤーとファイアストーンは偉い。技術的にはラジアルスリックとかバイアスでももっと性能の良いタイヤを作ることはできるだろうが、それをしない。細部は進歩しているのだろうが、基本的にタイヤの性能はずっと変わらない。同じクルマで走っていれば、速くなるためにはドライバーが努力する以外にない。

だから。そんな車両規則を作りそれを維持しているSCCAも偉い。ノンプロフィットオーガニゼーションのSCCAは対応が役所みたいだから嫌いだ。みんなも嫌っている。でも、彼らの用意する走る環境には大賛成だ。

いまだに6コーナーを2速で回るか3速にするか迷いながらショートシュートに入る。さて、要の7コーナー。

立ち上がりでスロットルを瞬間的に開ける。テールが外に流れる。カウンターを当てる。「まだ暖まっていないせいもあるけど、もっとそおっとだな」。

5速全開のドッグレッグ。加速しながらステアリングを引く。フロントがリニアに反応する。ステアリングも軽くはない。「前は暖まっているんだ!」

8、800まで引っぱったせいで確実に最高速は上がっている。その分を差っぴいて、ブリッジのずっと手前でスロットルをそおっと抜く。心もち長めのブレーキング。

「なんかクルマが安定しすぎだな!」

坂を下りながら大きく息を吐く。「予選は嫌いだ。見えないもの相手に競争しても面白くない!」

フラッグ台で計測開始を告げるグリーンフラッグが激しく振られる。

1コーナー。今度はいつものところでスロットルを抜きいつものところでブレーキに力を加え、いつものところでステアリングを引く。

全てのコーナーをいつもどおり走る。いつもと違うのはエンジンを回しただけブレーキにかける踏力を少し増やしたことだけだ。

7コーナー。ステアリングの戻しとスロットルの踏み込みをシンクロさせて4輪で外に出て行く感じで加速する。

「いいねぇ。」

3速。4速。5速。これだけしっかり加速できると、実に気持ちいい。

今度はいつものところでスロットルを緩めてブリッジにアプローチ。ちょっと多めにブレーキング。

1コーナー。「こんなだったよな。」と前の周のブレーキングを思い出しながら、あたるかどうかはわからないけど、気持ち踏力を減らしてブレーキング。

クルマは安定してコーナーに入る。「限界ってもっと高いのかね。でもこんなもんでいいでしょ。」

計測1周目より2周目。2周目より3周目にブレーキの量を減らしてコーナーに入る。他はいじらない。「レースで混戦になればいやでもいじんなきゃならないからなぁ。」

タイヤを冷やしすぎてゴムカスを拾わないように、ある程度の速度でピットを目指す。タイヤ温度。空気圧。どちらも問題なし。問題があるとすれば運転手の腕ということになる。

第10話に続く

≪筆者注≫
アメリカでフライドチキンを買うときのこと。買う店に限らず「ダークある?」って聞いてみる。ない店もあるがある店もある。ダークはどちらかというとこくのある肉。事実肉の色が濃い。逆にホワイトは脂肪分の少ないあっさりとした肉質。カロリーは高いかもしれないが、断然ダークがウマイ。第一、カロリーを気にするならフライは食べないと思うし。

※ 解説用コースレイアウトにあるシケイン(8コーナー)はスポーツカーレースの大きな事故をきっかけに作られたもので、全米選手権の時にはなかった。

≪資料≫