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コーナーの向こうに ラップタイム(17) - YRS Mail Magazine No.117より再掲載 -

ラップタイム ( 最終話 )

あれはレースを始めて1年目。南カリフォルニアのリバーサイド、カールスバッド、ウイロースプリングスでカリフォルニア地区選手権を戦っていた頃。

どうしてもかなわない310サニーのセダンがいた。同じ排気量なのにストレートがやたら速い。直結5速。つまり5速がHパターンの4速の位置にあるトランスミッションを積んでいるという理由だけではない。エンジンが速い。

なにしろ60年代後半から米国日産のワークスチームのエンジンビルダーとして名をはせたエレクトラモーティブ製のエンジンを使っている。バルブスプリングはトリプルだしリテイナーはチタン。ピストンはハイトが50mmもない。しかも鍛造。ものが違う。

だから彼が走るとボクは勝てない。そんなレースが続く。奥さんは言う。「いいのよ。クラスが違うんだから。」

そうだと思う。でも、本心は彼に追いつきたいと思っている。どうするか?自分が速くなればいい。どうやって?念願のレースをアメリカで始めて10ヶ月。はっきりとではないが、徐々に速く走るコツがわかってきたような気がしていた。

それはレースを走っている時、突然にやってくる。ローリングスタートと1周目こそ積極的に意識を働かさないとおいてかれるが、周を重ねる毎に『自分が速く走ろうと思わなくても速く走れる』ようになる。それに気付いたのは、クルーチーフ兼奥さんが取ってくれているラップタイムがレース後半になるほど縮まっているのを見た時だ。思い返せば冷静に自分の運転を俯瞰することができた時ばかり。

だから、コツがわかったと言うよりも「自分の意識を操作することを覚えた」と表現するのが正解かもしれない。

その310。レースウィークが始まる2日前からロードアトランタを走り込み表彰台を目指す。唯一彼の誤算は練習中にクラッシュしてクルマをかなり痛めてしまったことだろう。しかしジョージア州のディーラーのサポートでほぼ完全にオリジナルのコンディションに戻っている。

おそらく、予選が5位の彼はずっと前の方で表彰台を目指して走っているに違いない。

「ところで今何位なんだろ?」インカムはつけているがピットからの指示はない。残り周回数を教えてくれるだけ。タイムを知らせるとボクが「カッカ」とするとでも思っているんだろうか。「うちのクルーチーフ」だったら何と言うだろう?ロードアトランタで違和感を感じたのはピットとのコミュニケーションだけだ。

27カローラのリアビューミラーを通してドライバーの視線が見えるほどに近づく。27カローラのウインド越しに赤いミニと110サニーが見える。

27カローラはサスペンションが異様に硬そうだ。なんかコーナリングがぎこちない。足回りが決まっていない。常にステアリングを修正している。「疲れるだろうなぁ。」

しかし簡単に差は縮まらない。相手も必死で走る。右からのGを受けて3コーナー。長いGを受けて4コーナー。できるだけ相手のミラーに映るように走る。1周前に暴れるクルマをねじ伏せていたヘヤピンのブレーキング。イエローフラッグが出ている。意識して早めに減速。相変わらず綱渡り的なコーナリングを見せる27カローラを追う。

「うまく加速してくれっ!」とヘヤピンを立ち上がると、アウト側にミニがクラッシュしている。

「何で?上りのヘアピンで真っ直ぐ?」

27カローラのドラフトに入る。ドライバーがチラチラとこちらを見ている。
3速でバルブがサージングする直前まで引っ張る。『今だけだから!』

やっぱり寄ってきた。ラインをつぶすつもりだ。4速に入れて様子を見る。こちらの車速が伸びそうだ。右コーナーのターン6に対してあまりに右に寄ればコーナリングが難しくなることくらい知っているだろう。こういう場合はいつもそうしてきた。相手の動きにすぐ反応はしない。こちらの反応を予知している相手に合わせる必要はない。

スロットルを少し抜き「おとなしく従う」というメッセージを送る。案の定それ以上はクルマを右に振らない。しかしスロットルを抜き過ぎるとおいていかれる。多分、相手がスロットルから足を離した時が勝負。

安心したのかこちらを見ない。コーナーが近づく。相手がスロットルを抜くか抜かないかの地点でこちらはいったんフルスロットル。右に転舵しすぐ戻す。
自分のドアと相手のドアが限りなく近づくラインを選ぶ。左ハンドルだからこちらのほうが見切りやすい。最初ボンネットとトランクがならぶ。次の瞬間、スロットルを抜いた27カローラが失速。

同時にスロットルをそうっと抜きペダルを踏み変える。相手の前にかろうじて出てターンイン。ブレーキを引きずる。カントのせいでリアのスライドが抑えられる。チラとリアビューミラーに動くもの。27カローラがインに寄る。しかしふらついている。

「無理だぜ〜ぇ!」

3速のままショートシュートで加速する。差が広がる。「これで入ってこられたらしょうがない!」

このペースで入り口が若干の上りでクリップからフラットの7コーナーにいつも入っていたらタイヤがもたないだろう、と思われる速度で進入。こういう時は出口が若干遅くなってもしかたがない。レースは常に絶対速度と相対速度のどちらかを選んで優先させなければならない。

7コーナーを抜ける。もう差が開いた。「刹那的な操作は損をする!」自分に言い聞かせる。少し前につるんだ2台のクルマ。赤いミニクーパーと110サニー。「届くかなぁ?」

4速。5速。下りながらブリッジに目をやるとイエローフラッグの振動。「なんだ?」

追い越しをかけていた110サニーが減速。「コーナーステーションまでに抜こうとしてたんだな。」間隔が縮まる。ミニと3台。ブリッジをくぐると左に煙を上げる210サニー。「エンジンかな?」

ミニと110サニーが狂ったように加速し坂を下る。2台ともインに寄っている。「ヨシ!」速度を殺し過ぎないように、かつ早めにブレーキング。

コーナーで前のクルマとの差が縮まってもそれは追いついたからではない。絶対的な速度が遅くなるから、見かけ上の間隔が縮まっただけだ。誤解するとコーナーを駄目にする。自分で旗を振っていた時に見つけた事実。それが目の前で繰り広げられている。

2台と間隔を空けて最終コーナーに入ったのにストレートに出てみればしっかりドラフトに入っている。相変わらず牽制し合う2台。

ストレート後半。110サニーがミニの後ろにつく。その後ろに入る。おもしろいようにドラフトが効く。「110サニーより先に仕掛けなければ!」

スロットルを踏み込み右に出る。しかしできるだけ110サニーに寄る。左前にミニ。「寄ってくるかな?」しかし思いの外速度差がある。ミニのリアタイヤとスターレットのフロントタイヤが重なる。ブレーキを遅らせる。110サニーがスターレットの後ろに来る。ミニのドライバーが視界から消える。曲率が小さくなった分だけ丁寧に1コーナーを回る。

坂を登りながらリアビューニラーを見る。ミニと110サニーがサイドバイサイド。「これでいい。」

できるだけ高い車速を保ちながら3コーナーに入り、長い4コーナーに向けて切り返す。4コーナーを回りきるとヘアピンが視界に入る。それまでの間にクルマはいない。

「これで終わりかな?おそらくこれ以上は届かないだろう。あとはミスをしないことだ。」

2台との間隔を確認しながら走る。ラップは間違いなくこちらのほうが速い。
大丈夫。

最終コーナーを抜けてストレートに出る。フラッグ台でスターターがチェッカーフラッグを2本かざしている。ストレートの向こうにも前を行くクルマは見えない。「これがレースだ。」旗が打ち振られるのを見ながら自分に言い聞かせる。

再び1コーナーのコーナーワーカーが総出で迎えてくれる。拍手がある。お辞儀がある。サムアップがある。「よかったよな。レースがやれてよかったよなぁ。」どのコーナーでもみんな笑顔。頭を下げる。

ピットへの入り口。見ず知らずのワーカーが手を差し伸べてくる。「グッジョブ!」

ポディアム前に止まった3台のクルマを横目にパドックへ向う。あの310サニーの姿はない。「何位だったんだろう?」

米国TRDのメカニックが走り寄ってくる。「よかったじゃん。」「エッ?何位なの?」「6位。ほらタワーに出ているじゃん。」取材で来る時には順位を知るために不可欠だった電光掲示板。自分のレースではそれが見えなかった。

正式結果表を片手にSCCAの事務所に行く。結果表を示しトラベルフィーの千ドルと大理石でできた10cm四方ほどのペーパーウエイトをもらう。

『SCCAナショナルチャンピオンシップ6位』そう書かれたペーパーウエイトを長めながらコーヒーをすすり、煙草を吹かす。

あの310サニーは4位。カリフォルニアリージョンの2台がそろってヒトケタ。欲を言えばきりがない。レースに「タラ」も「レバ」もない。自分で最善を尽せたと自覚できることが重要だ。それだけでいい。レースは一度だけのものではない。好きならば、そしてやりたいと思うならば、歳をとってからでも若者と丁々発止とやりあえる唯一の遊びだ。

公衆電話から家に電話する。「6位だった。」「あっ、そう。」そっけない返事がすごく喜んでいるように響く。

−−− 終わり −−−

ボクの知っている限り、ボクのあとにSCCAの全米選手権に参加した日本人ドライバーは植村宏臣君とヒロ松下さん。ともに激戦区のフォーミュラフォードで参加したせいもあるのだろう、結果は16位と13位だったと記憶している。

ボクの個人的な夢は、再度SCCAランオフに参加することだ。もちろんユイレーシングスクールが軌道に乗ってからの話。実現するのはいつになるかわからないが、75歳でフォーミュラアトランティックの全米チャンピオンになったドライバーもいる。

あるいはユイレーシングスクールの卒業生のメカニックをかって出るのも楽しいかも知れない。それもいい。クルマをキチンと走らせるための努力は、どんな形でもとっても楽しいものだ。

トム ヨシダ

※ 解説用コースレイアウトにあるシケイン(8コーナー)はスポーツカーレースの大きな事故をきっかけに作られたもので、全米選手権の時にはなかった。

≪資料≫