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コーナーの向こうに WIR (8) - YRS Mail Magazine No.79より再掲載 -

ウイロースプリングスレースウエイ ( 第8話 )

4速、5速の高速コーナーを走るとクルマに感謝したくなる時がある。

クルマはとんでもない速度で移動するが、重いからクルマ自身の動きは遅く鈍い。クルマが進む速度に合わせた操作を求められるならば、とても「ドンクサイ」人間には運転できない。

純レーシングカーになれば反応は格段によくなるが、その分挙動を安定させる味付けがなされているから、基本的には「ふつうのクルマ」の運転の延長と考えて間違いない。

重い物は動きが鈍い。ある動作から次の動作に移るまでに時間がかかる。だから。1秒間に60mも進んでいるクルマを人間が操ることができる。

短い直線で極めてスムースに速度を落としたクルマ。そう、うしろから「糸を引くように」減速したクルマの向きを変える。正確に言えば、「変えたいと意識する」。慎重に。いつクルマにヨーモーメントが発生したか気づかれないぐらいに。

左胸にバケットシートの感触が伝わる。横Gの発生。左前のサスペンションのスプリングが縮む。ついで右後ろのスプリングが縮む。ロールモーメントが生まれた。

呼応するかのように舵角を足す。最低限必要なだけ。入力を間違えないように、まだ見えないストレートに目を向ける。

WIRの最終コーナー(9コーナー)は長い。距離も長いが90度以上回りこんでいるから「コーナリングの時間」も長い。しかも曲率が途中で変化する。

徐々にロールを増しアウト側2輪でほとんどの荷重を受けてクルマは進む。路面の凹凸を拾いクルマが踊る。ラインを間違うとフルバンプもある。まだ出口は見えない。アウトからインへ。「長い分」インにつく時間も延ばす。

速く走りたがっている自分が「スロットルを開ければぁ〜!」と誘う。誘惑に負けて加速度的に踏み込むと、LSDの入ったお尻が「ズルッ」。それでも、タイヤのグリップが走行速度に対して絶対的に不足しているクルマの挙動は、クルマの「挙動と同じ速さ」で操作すれば大きな破綻はしない。

オンオフ的に「ガバッ」と踏んでしまえば話は別。
#スロットルコントロールに難のある人は高速コーナーを走るといい。自分がそうしたくても本能がそうさせてはくれないから。

そう。「挙動と同じ速さ」が操作の鍵だ。全てはこの前提の上に成り立つ。

短い直線で軽いブレーキングと4速へのダウンシフト。インにつくまではイーブンスロットル。タイヤはその全てのグリップを遠心力に抗うことに使う。それからスロットルを戻すことはない。戻すということは、クルマのバランスを崩すことだ。もちろん、スロットルのオンオフもご法度。残された操作は、ゆっくりと右足に力をこめること。

縁石もない、逆にくぼみのあるインをなめる。
「どこまでインにつくか?」「どこでインから離れるか?」

それはとりも直さず、ステアリングへの入力を減らし始める位置と、スロットルを開け始める位置に対する問いかけだ。

基本中の基本的な走り方、つまり安全に速く走るための公式はあるが、「いいかげんな人間」は常にその公式を使うことができない。だから、端から応用問題を解くつもりで走る。刻々と変わるクルマの状態を掴みながら、それに反応しながら入力する。

インを離れるのが早かった。ステアリングを戻せない。スロットルを開けるのをワンテンポ待てばいいだけの話。

スロットルを開けてしまった。意識的にステアリングを戻す。ラインは変わるが、いったん増えた横Gを減らしてから修正すれば済むことだ。

フラットな路面は、行けども行けどもストレートを見せてはくれない。これはもう、自分との戦い。レースで競り合っていようと、あくまでも自分との勝負だ。

欲に負けた途端にクルマがバランスを崩し最悪の結果になるか、そうでなくても理想から離れラップタイムが低下する。どちらも避けたい。だから我慢だ。

カリフォルニア特有の砂漠の色と見分けのつきにくいコース。少しでも気を抜けば、いつでも9コーナーの外に飛び出してもおかしくない環境。

長いコーナーを走ってくると、ある瞬間突然に目の前が開ける。1Km近くある滑走路のようなストレートが形を表す。

横Gとクルマの向きと相談しながらステアリングへの入力を減らし、その分スロットルへの入力を増したクルマは、既に4速8000回転。5速にアップ。やっとため息が出る。

わずかな下りに転じたストレートを駆け抜ける。左手のピットウォールの脇には、椅子に腰掛けてラップタイムを取る我がクルーチーフ。

目が合い分けは無いが、顔を向ける。

「36秒9! もう限界じゃないの! 入ったら!」そっけない声がヘルメットの中に響く。

第9話に続く