ラップタイム ( 第7話 )
アメリカでいろいろなサーキットを走ったが、ロードアトランタほど走っていて気持ちのいいコースはない。速く走るのは簡単なコースではないが、とにかく美しいのだ。コースの周囲を見渡せば、森、森、森。針葉樹と広葉樹がおりなす深い風景画は、また、日ごとに趣を変える。
ほぼ1週間の滞在中、紅葉は深まり言い得ぬ安らぎを覚える。
色づいた森の中の1本の直線。そこを5速全開で走り続ける。緊張はしているのだろうが、殺伐とした気分では決してない。
最高速が伸びるだろうからと落としてきたファイナルギアもドンピシャ。9コーナーのキンクを曲がる手前で5速にアップ。下りながら左のゆるい10コーナーをかすめ、ブリッジ下のブレーキングポイントの少し手前で8、800回転に達する。
ロードコースを走る場合、加速を重視しするがあまりファイナルを上げ直線の半ばでふけ切るようなセッティングをする人を見かけるが、それはペケ。ふけ切るまでの加速は確かに早いだろうが、ふけきればスロットルを戻さなければならないだろうし、だいいちその速度からは速くなるわけがない。
全てはストレートエンドの速度。ストレートの終わりでブレーキをかけるまで加速しつづけるクルマとその地点での速さを高める走り方が大切だ。
ちょうど下りきったところにある10コーナーを抜けながら、アウトにチラッと目をやる。2mもないエスケープゾーン。場所は5速全開。思わずつぶやく。「JAFだったらこんなコースで選手権レースはやらないだろうな!」
10コーナーを過ぎると急な上り。一瞬、「太いタイヤ」でも履いたかのようにクルマが安定する。加速しながらマイナスの加速度を感じるような、妙な雰囲気もブリッジが近づくと意識できなくなる。
なにしろブラインド。なにしろコーナーのアプローチが上り。ほとんどフラットになる部分がなくてエグジットが下り。その中でクリップを探さなければならない。
「出口でピットロードに入ってしまうと加速中にラインを変えなければならない。しかも前荷重。それは避けたい!」
なるべく大きな半径で回るため、11コーナー手前でアウトによる。が、クルマ1台分は残す。なんとなくそのほうが治まりがいいように思えたからだ。完璧なアウトインアウトで回ってもフラットではないから軌跡は変わる。しかも立ち上がりではらめない。ここは通過速度をできるだけ高く維持するコーナーだ。
ブリッジに近づきながら「そうっと」スロットルを抜く。加速と上りで「後ろに行っていた荷重」をバランスを崩さないように前に移動させる。早めに右足に力を入れる。速度が落ちすぎないようにブレーキをかける。4速にダウンシフト。
上っているからアンダーステアが出ようもないコーナーに向けてステアリングを切る。否、右手をほんの少しだけ「引く」。3速にダウンシフト。
そう。なんと3速全開のブラインドコーナー。
自分のどこかにブリッジの橋げたの内側を見たい気がたしかにある。でも見れない。正直、余裕がない。回ったら、出口は下り。どこまで飛んでいくかわからない。
それに、ここを速く抜けることができれば、7コーナーからの延々としたストレートが最終コーナーである12コーナーまで続くことになる。損はできない。
自分でもやりすぎと思えるほどインに長くつく。クリッピングライン。スロットルペダルに戻した右足でクルマのバランスをとる。加速もしない減速もしない。
急に視界が開ける。右に広大な草地。左にピットロードとその際の赤茶けた土手。正面に右にうねる12コーナーと一段高いピット。その向こうには森を背景にコントロールタワー。「何を見たらいいんだ!」
路面が下り始める。クルマが安定しているのを確認して、≪いつもより早めに深く≫スロットルをを踏む。エンジンの出力以上の加速を始めたクルマが安定する。
残すは最終12コーナー。わずかに下るホームストレートに続く要所。
「いいか。1周全体で速く走るんだゾ」。もう一度自分に念を押す。
第8話に続く
※ 解説用コースレイアウトにあるシケイン(8コーナー)はスポーツカーレースの大きな事故をきっかけに作られたもので、全米選手権の時にはなかった。
≪資料≫
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