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コーナーの向こうに ラップタイム(8) - YRS Mail Magazine No.108より再掲載 -

ラップタイム ( 第8話 )

もし12コーナーがなかったら。もし12コーナーのRがもっと大きかったなら。いや4速ではなく5速のコーナーだったら、でもいい。ロードアトランタのラップタイムは飛躍的に向上するはずだ。

サーキットをコーナーとコーナーを直線で結んだ周回路と定義することがある。それは事実だ。しかし走るとなると話は別。直線と直線の間にコーナーのある周回路と解釈すべきだ。そう強く意識すべきだ。

ロードアトランタのようなコースは特にそう。2速で回る7コーナーを抜けて5速までアップシフト。ブリッジの下で短い時間3速に、4速全開まで引っぱって12コーナーのブレーキングにアプローチするのだが、ホームストレートに入ればフラッグスタンドの手前でまたもや5速。

クローズレシオのトランスミッションを積んでなかったら、ブリッジで4速。12コーナーはひょっとすると5速のままのコーナーかもしれない。

そう。裏で5速に入ったあとはおそろしいほど全開に次ぐ全開、それもトップギアを多用するコースだ。

サーキットを速く走ることは、基本的にはA地点からB地点に移動するのと同じ。早くB地点に着くのには速度を上げることも必要だが、もっと大切なのが極力速度を落とさないことだ。しかし、ここに落とし穴がある。

サーキットで速度が落ちる地点と言えばコーナーだ。それが5速全開のコーナーだろうとヘアピンだろうと、必ず走行速度は低下する。だから。速度を高く保つために、いきおいコーナーを攻めたいと思う。レースになれば、前を走る相手に追いつこうとしてコーナーを攻める。後続車を「チギリ」たいと思うからコーナーを攻めることになる。

が、これはペケだ。

コーナーを攻めた結果、そのコーナーに続くストレートの最終到達速度が上がればいい。おそらく速いラップタイムが刻める。

ところがコーナーを攻めると、つまりコーナーでクルマと格闘すると間違いなく最終到達速度は低下する。単位時間あたりの移動量の多いストレートエンドの速度が高ければ高いほどB地点に到達する時間は早まるはずなのに、これでは逆だ。クルマの性能をキッチリ生かすためには、それぞれのストレートエンドの到達速度が低下しない範囲でコーナーは回るべきなのだ。

レースに出たくても出れない日々。サーキットを速く走るということはどうゆうことか考えていた。
レースは始めたが予算がなく練習ができない日々。どうすればクルマの性能を十分引き出せるかばかり考えていた。

モータースポーツは不公平なスポーツだ。ある時には財布の厚さが速さに比例する。

それでも自分のできる範囲で速く走り、走ることを楽しみことはできるはずだといつも考えていた。

そんな中で導いた結論が、速く走る前にクルマの限界を存分に発揮することとストレートエンドの速度を重視した走り方。そして、そのほとんどはサーキットにいない時に考えついたものだ。安全に効率よくレースを続けるために。

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自分が全米選手権に参加できるとは思っていなかった。全米8地区から上位のドライバーが参加するランオフ。南太平洋地区ではシリーズ2位だったが、東海岸ではGT5クラスは激戦だと聞いていた。「こりゃヒトケタは無理かな」と悲観的にもなった。

ロードアトランタのパドックに着いてみれば、まるでGTカーの群れ。スターレットがツーリングカー。

「やるだけやってみよう」

毎日モーテルへの帰り道。何か確証があるわけではないが、今までの経験を生かせばなんとかなるという思いがつのる。ロードアトランタも、そしてアトランタ北郊の森は日ごとにその彩度を高め安らぎを与えてくれる。

何セットものタイヤを用意しプラクティスの時間をメイッパイ使って練習にはげむドライバーを横目に、「自分なりの方法で精一杯やればいいんだ。結果は二の次だ。」と言い聞かせる。30分2回のプラクティス。正味走ったのは半分ぐらい。あとはその30分でどれだけ自分が学習したかを試すだけだ。それがまた楽しい。

予選。だが予選用のタイヤはない。プラクティスで使ったカリフォルニアから持ってきたタイヤは地元のレースのために温存し、ロードアトランタで買った決勝用のタイヤで走る。

タイムをだそうとやっきになって走ればタイヤが磨耗する。欲を出して長く走れば決勝でのタイヤの状態が心配だ。

「中3周。そのくらいかな。」自分にテーマを与える。30分2回の予選を、つまり6周で予選を戦う。それ以外には走らない。もちろん決勝までタイヤのおいしいところを残すためだ。

いつもの通り真っ先にコースイン。新しいタイヤの感触を確かめながらゆっくりと暖める。念のためウォームアップを2周。あとからコースインしてきたクルマがコーナーで横になりながら抜いていく。

2周目。裏の直線。7コーナー。横Gが消えたのを確認して『思いっきりスロットルを踏む』。今だけは遠慮はいらない。が、1回目の予選は8、500回転までで止める。5速。排気音が遠く後で聞える。意外と落ち着いている自分がいる。右ドッグレッグ。下り始める。心もちいつもより速度が高いか。

いつもより「ちょっと早いかな」と思いながらスロットルを抜く。右足を移しこれ以上できないというぐらい丁寧にブレーキをかける。ステアリングをそうっと引く。

「うん。いい。」

視界が開ける。「これからだゾ。」

自分の全ての神経が鋭くなっているのがわかる。なぜかまばたきもしない。目から火が出るようだ。「大丈夫。そんな長い時間ではない。」

かなめの12コーナー。テーススライドもなくうまく飛び出せた。かすむ1コーナーを目指す。

同じように上手く飛び出せたフライングラップ3周目。コントロールラインを踏んだのを確認して右による。スロットルを抜きながら1コーナーを目指す。タイヤ温度が下がらない範囲で、かつタイヤに負担をかけないペースでピットへ戻る。

パドックへクルマを進め、結果が出るのを待つ。コーヒーを買いに行き、煙草に火をつける。深く吸い込む。「どう? 自分じゃ上等だと思うよ。」自分の中で会話が始まる。

車検場。結果が配布される。1分35秒の後半。23位。

「地区2位だと8地区で16か。もう少しいけるな。明日は8、800だ。

ちょっと奢ってフライドチキンとビールを買ってモーテルに戻る。

第9話に続く

※ 解説用コースレイアウトにあるシケイン(8コーナー)はスポーツカーレースの大きな事故をきっかけに作られたもので、全米選手権の時にはなかった。

≪資料≫