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コーナーの向こうに ラップタイム(14) - YRS Mail Magazine No.114より再掲載 -

ラップタイム ( 第14話 )

ロードアトランタのオフィシャルペースカーであるダッツンZがコースイン。ピットワーカーに促され、プリグリッドの2列に並んでいたGT5クラスのマシンがコースインを始める。

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残すはレースのみ。アメリカで最も速いGT5クラスのドライバーを決めるレース。今までの「自分の速さ」は南太平洋地域2位、南カリフォルニア地区1位。レースを初めて1年ちょっと。今度はそれに全米のランキングが加わる。

「いつも通りに行くか、あとから行くか。」どの時点でスターレットをプリグリッドに持っていくかで悩む。そんな些細なことで悩む自分が滑稽に見える。が、本当の自分は真剣に悩んでいる。

「いつもと変わらないほうがいい。特別なことはしないほうがいい。」いつも早めに登場するのでいぶかしがるピットワーカーの目にも慣れた。

出走29台。各地域上位3台の他に招待されてはいないが自費で参加したドライバーがいる。おそらく地元のドライバーだろう。各地域のナショナルポイントスタンディングで6位までに入っていれば自費参加できると聞いた。

「ロードアトランタは走りがいのあるコースだけど自費では来れないな。なにしろ遠い。ロサンゼルスからだと3日はかかる。」

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7列目イン側。前には210サニー。横には黄色いミニクーパーが並ぶ。リアビューミラーには37カローラが映る。

コース上に降りた隊列がダッツンZを先頭に蛇のようにうねる。ステアリングを激しく揺すっているドライバーがいる。かすかに空ブカシが聞える。加減速を繰り返すドライバーがいる。室内できょろきょろ周りを見ているドライバーが目に止まる。遠くに1コーナーの上りを駆け上がるペースカーが見える。そんな風景の真っ只中にいながら、それぞれの光景を冷静に見つめている自分がいる。

「1周目はこのペースでいい。ペースカーがピットに入るだろうから、2周目のペースは上がるはずだ。それからでもタイヤを暖めるのは遅くない。」

フットレストに左足を突っ張り、もう一度尾底骨がいたくなるほどシートの奥に座る。シートとそしてクルマとの一体感が増したように感じる。

シートレールを外しサイドメンバーに直接取り付けてはいるものの、スターレットのシートは高い位置にある。左のミニクーパーと言えば、ドライバーのヘルメットがサイドウインドから見えるほど着座位置が低い。しかもセンターピラーのところに顔がある。「チューブフレームか。カッコいいよなぁ。でも負けないよ。」

コーナーワーカーに会釈しながらのローリングラップが続く。コーナーワーカーは全員がコースサイドに出てきてさむアップ。「なんかワーカーの数が増えた見たいだな。決勝だけに来る人もいるのかな。」

3コーナーを立ち上がる。4コーナーを回る長い隊列が見える。改めて7列目がずいぶんと後であることを思い知らされる。

淡々とした、それほど速くないペースでローリングは続く。「グリーンの時は3速かな?2速じゃないよな。」

ヘアピンを上り、ショートシュートを回り、裏のストレート。突如として蛇行大会が始まる。

「ったく。フォーミュラカー乗ってんじゃないんだから。重い箱に乗ってんだよ!」3速に入れたままわずかなスロットルのオンオフで荷重を移動させる。「これだってタイヤは働いているんだもんね。」練習で皮をむいただけのほぼ新品のタイヤを履きながら、まだゴムを温存しようとする自分に気付き苦笑する。

下り。ブリッジに向かって上っているペースカーが加速する。「ピットに入るな。1周目はパレードラップというわけか。」

重力加速度の方が大きく感じる最後の坂を下る。12コーナーを回る隊列の先頭が乱れるのが見える。「やはりペースを上げた!」3速のまま様子を見る。ストレート。210サニーの窓越しに前を見ると、5列目が加速している。間隔が開いている。「何やってんのかねぇ。まだいいけど、ちゃんとついていってよ。」

カリフォルニアではローリングラップ1周でグリーンになる。よほどの横着モンがいて隊列を乱さない限り1周だ。少しずつステアリングをゆっくり切る。ノーズがどう反応するかお尻で確認する。

「それにしても。ローリングスタートっていいよな。この時間は絶対にいい。スタンディングスタートは2回しか経験していないけど、あの時間は嫌いだ。見世物みたいだし第一クラッチが減る。」徐々に気持ちが透明になっていくのを感じる。

裏のストレート。ブリッジへの下り。瞬間的にステアリングを小さく、それでいて鋭く切って戻す。ピピッとした反応。「ちゃんと暖まっているじゃない。ステアリングも重くなってきたし。」

ブリッジをくぐる。下りながらフラッグ台に目をやる。「どの辺で降るんだ!まさか最終コーナーを回っている間ってことはないよナ!」

ストレートに出る。隊列が妙に静まりかえる。3速。ちょっと回転が低い。が、2速では加速する余裕がなくなる。3速でいい。目をかっと見開く。何かに焦点を当てるわけではない。目の前の情報をできるだけたくさんつかむために遠くに視線を送る。まだフラッグ台は遠い。「けっこう距離があったんだ。」

ペースは変わらない。「静かだ。そろそろかな。フラッグを見て反応すると遅れる。雰囲気だ。空気の変化を感じ取らなければならない。」

突如、咆哮が高まるより先に前方の空気がよどんだ。遠くの風景がゆがむ。人工的な陽炎、排気ガス。

「グリーンだ!」旗を確認したわけではないが、間髪を入れずに右足に力を込める。うまく回転がついてきた。加速しない210サニーの右に出る。周りはすごい音。音ではエンジンの回転が測れない。

そのままコースの右よりを進む。4速。左前に黄色いミニクーパー。「彼も速かったんだ。」

リアビューミラーを見ても直後にクルマはいない。われ先に1コーナー進入に有利なアウト側を目指す。5速。もうこれ以上先ではインに入り込まれないと思われるところからクルマを左に寄せる。黄色いミニクーパーのに並ぶ。前には310サニー。インにクルマが入ってこないように確認しながら、さらに左へ。アウト側のクルマがレコードラインを走れる幅だけ残す。

ミニクーパーが減速しない。「???突っ込みすぎだ!」いつもやっているように早めにゆるいブレーキをかける。軌跡は小ぶりだがいつもと同じコーナリングが始まる。ガクンとスピードを落としたミニクーパーに並び、上り坂で前に出る。310サニーと同じラインに乗せる。インに入ってきそうなクルマはない。

「よし。これで4コーナーを1列で回れる。」

順位はわからない。310サニーが3コーナーに向けて急激なステア。「乱暴だナァ。」310サニーとの距離が一気に縮まる。3コーナーの立ち上がりからいつものラインを選ぶ。リアビューミラーいっぱいに黄色いミニクーパーが映し出される。

ランオフ(Run−Off:全米選手権)が始まった。

第15話に続く

※ 解説用コースレイアウトにあるシケイン(8コーナー)はスポーツカーレースの大きな事故をきっかけに作られたもので、全米選手権の時にはなかった。

≪資料≫