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Go−Circuit No.279(08/25/09発行)
---------------------------------------------------- Taste of USA ----
●クルマを走らせるのは楽しい。思い通りに走らせるのはもっと楽しい●しか
しクルマがなかなか思うように動かない時がある●クルマの運転は簡単そうで
難しい●が、難しいことに感謝しなければならいない●難しいからこそうまく
できた時の喜びは大きい●うまくなろうとする過程がまた楽しい●うまくなろ
うとするから工夫する●今の時代、クルマを使い倒さなければもったいない。
|| Proud of Our Tenth Anniversary ||
》》》Be Smarter, Drive Sater, and Drive Faster! You can do it!!《《《
【 Yui Racing School Offers Serious Entertainment 】
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|1) YRSメールマガジンバックナンバーの扱いについて
|2) タイヤの回る音を聞きながら その9の1
|3) 参加申し込み受付中 & YRSスケジュール
|4) コーナーの向こうに ‐ 今は昔 1973(2) トム ヨシダ
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|1) YRSメールマガジンバックナンバーの扱いについて
ユイレーシングスクールではメールマガジン発行10周年を迎え、バックナ
ンバーの掲載をいかのように改めます。
・メールマガジン配信サービスのまぐまぐを利用しています。今まで創刊号か
ら全てのバックナンバーをまぐまぐ上で公開してきましたが、9月1日以降は
創刊号のみの掲載となります。
・バックナンバーはYRSサイトのメールマガジンの頁に発行年の終わりにま
とめて掲載します。
YRSメールマガジンをタイムリーにお読みになりたい方は、まぐまぐに購
読をお申し込み下さい。
・YRSメールマガジン「Go Circuit」購読申込みフォーム
http://www.mag2.com/m/0000016855.html
・YRSメールマガジンバックナンバー
http://www.avoc.com/5media/mm/mailmagazine.php?num=015&year=1999
尚、まぐまぐは購読申し込み者、購読を解除された方のメールアドレスにつ
いては、メールマガジンの発行人に対してもいっさい公開されていません。
YRSメールマガジンの購読、解除につきましては全てまぐまぐにお問い合
わせいただけるようお願いします。
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|2) タイヤの回る音を聞きながら その9の1
ユイレーシングスクールの活動が主に筑波サーキットに限られていた頃、ス
タッフの一人として手伝ってくれていたのが勝木君。その勝木君が数年前、乗
らなくなったクルマをユイレーシングスクールに寄付してくれたことがある。
クルマはカローラのFX。サスペンションスプリングとショックが変更して
あって、フロントとリアにストラットタワーバーがついていた。運転席はホー
ルドの良いものに変えてあった。タイヤは2セットあった。1組はダンロップ
のFM901でもう1組がヨコハマのネオバだった。両方とも6〜7分山ほど
だったが、トレッドは均等にきれいに減っていた。もちろんスリップサインは
でていない。しかしかなりの間乗っていなかったというFXのタイヤのトレッ
ドゴムはかなり硬化していた。
それでタイヤを新しく買ったのかというと、そうではなく、そのカチンカチ
ンのタイヤで走るのが大いに楽しかったという話。
特にネオバはトレッドに爪を立てても痕が残らないほど熟成されていた。い
わゆる、おいしいところが完全に終わったタイヤの話だ。
最終的に、そのクルマは事情があって某大学の自動車部に引き取られていっ
たが、それまではパイロン40本や計測機一式など備品を満載してスクールの
たびに出動していた。大車輪の活躍だった。
話は変わって1999年の夏。まだユイレーシングスクールが日本での活動
を始める前のこと。あるメーリングリスト(ML)でサーキットの走り方やク
ルマの改造のことが話題になっていたことがある。サーキットだから速く走り
たい。そのためには何をするべきか、というような内容だった。
そのMLを読んでいると、そこに参加している人たちがある方向に向かって
いることがわかった。それは書き込みの意図するところが、タイムを出すため
にはまずグリップの高いタイヤを履き、次にサーキットではコーナーの奥まで
突っ込む走り方をする、ということに集約されていたからだ。
それはそれで意見としては聞いておいたが、グリップの高いタイヤがなけれ
ば速く走れないのか。コーナーの奥まで突っ込まなければ速く走れないのか。
という2点については同意することができなかった。日本ではそうすることが
速く走ることだと信じられているのであれば、それはそれとして受け止めるべ
きなのだろうが、逆にグリップの低いタイヤを履いていなくても、コーナーの
奥まで突っ込まなくても速く走れるように工夫する人が、実はいないのではな
いかと思えてきた。一般論としての話だが。
仮に、そうすろことが速く走るためには最善の方法だったとしよう。すると、
速く走るためのセオリーが確立しているのだから、その理論に則って走る人は
みんな同じように速く走れるはずだ。ところが、サーキットを走ると必ず速い
人と遅い人がいる。同じような性能のクルマに乗っていても、だ。セオリー通
りに走れば結果がついてくるのならば、なぜ速い人と遅い人で差がでるのか。
そして、その差はどこからくるのか。クルマの改造の仕方がまだ足りない
のか?勇気をふりしぼってコーナーの奥まで突っ込んでいても、まだ突っ込み
がたりないのか? そういう話ではないはずだ。
あれこれ想像してみたのだが、どうやらサーキットを走ることは特別なこと
で、そのためには「こうしなければならない」という公式というか文法のよう
なものがあって、誰が作ったのかは知らないが、実はその『決まり』のような
ものに近づくことが速さにつながる、そう納得することでサーキットを走ると
いう特別なことをしている仲間に入ることができる、という思考が働いている
のではないか、と考えてみた。
が、それではどうしても窮屈だ。ある前提がなければやりたいことができな
いのであれば、それは本当の自由ではない。
ということもあり、ユイレーシングスクールが日本で活動を始めた目的には、
『それなりに走ることには意味がない』のかを問いかけることも含まれていた。
それなりに走ることこそが、運転を上達させてくれるものだと考えているから
だ。それはユイレーシングスクールが10周年を迎える今になっても同じだ。
もっとも、これはユイレーシングスクールだけが主張しているのではなく、
あのジムラッセルレーシングスクールもスキップバーバーレーシングスクール
も、それなりに走ることの大切さをしつこく受講生に伝えている。
さて、おいしいところが終わったカチンカチンのタイヤ。そんなタイヤはい
ったいどんなタイヤなのか、というのが今回のテーマだ。果たして、美味しい
ところのないタイヤでサーキットに行くのは無意味なことなのだろうか。
< 続く>
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|3) 参加申し込み受付中 & YRSスケジュール
現在、以下のカリキュラムの参加申し込みを受け付けています。
| ◆ ◇ ◆ クルマの運転の楽しさを味わってみませんか? ◆ ◇ ◆
| ※申し込み期日を過ぎても定員に達しない場合は引き続き受け付けを行いま
| す。枠がある場合は当日受け付けも行いますが電話でご連絡下さい。開催日
| 前3日を過ぎてからの申し込みは受講料を当日の受け付けでお支払い下さい。
| 振り込まれた方は振り込んだことを証明するものを受付で提示して下さい。
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|■ 8月29日(土) YRSエンジョイドライビング
10周年を記念して始めたYRSエンジョイドライビングも今回で3回目。
4つのコースを設定し1日で全てを体験しながらクルマの運転に慣れることが
できるプログラムです。過去2回、参加者が1日で走った距離は50キロ以上。
4種類のコースをかなりの距離テーマを持って走ることにより「自分がやりた
いこと」を実行する時に「クルマが求める操作」がどういうものであるか身体
で覚えることができます。
免許を取り立ての方からレースに参加しているベテランまでクルマの運転に
興味のある方はぜひ参加してみて下さい。16歳以上であれば運転免許がなく
ても保護者と同乗することを条件に参加を受け付けます。
YRSエンジョイドライビングで使用するコースは以下の通りです。
・半径22mの真円定常円コース
・時速100キロからの急制動が可能なブレーキングコース
・20m間隔6本のスラロームコース
・44x104mのオーバル定常円コース
YRSエンジョイドライビングへの参加を考えられている方は、真円コース、
ブレーキングの走行データを掲載した次の頁をごらん下さい。
・YRS真円コースを走る
http://www.avoc.com/3result/pt09/page.php?p=howto_circle
・YRS流ブレーキング
http://www.avoc.com/3result/pt09/page.php?p=howto_brake
ふだんお乗りのクルマなら、ワンボックスカーでも軽自動車でもSUVでも
参加することができます。ヘルメット、グローブの着用は必要ありませんが、
走行時には長袖長ズボンを着て下さい。
> 本日以降お申し込みになる方は当日参加日をお支払い下さい。
・YRSエンジョイドライビング開催案内&申込みフォーム
http://www.avoc.com/1school/guide.php?c=ds&p=yed#0
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|■ 9月5日(土) YRSオーバルスクールFSWロング
今回のYRSオーバルスクールFSWロングは、一部カリキュラムを変更し
て行います。詳しくは当日の座学で説明しますが、概要は以下の通りです。
(使うコースは全て40x140のYRSオーバルFSWです)。
1)イーブンスロットル練習 インベタ
2)トレイルブレーキング練習インベタ
3)ベンチマークセット
4)トレイルブレーキング計測 インベタ
5)イーブンスロットル練習 リードフォロー
6)イーブンスロットル計測
7)トレイルブレーキング リードフォロー
8)トレイルブレーキング計測
※路面の状況によってはカリキュラムを変更する場合があります。
3)のベンチマークセットは受講者のクルマをインストラクターが運転して
そのクルマの目標タイムを設定するものです。
5)〜8)はYRSオーバルFSWロングをアウトインアウトのラインで走
行します。
YRSオーバルスクールFSWロングへの参加を考えられている方は、参考
のために以下の頁をごらん下さい。
・YRSオーバルFSWロングを走る
http://www.avoc.com/3result/pt09/howto_yof.shtml
むずむずするようなコーナリングを味わってみたい方。本当に速いコーナリ
ングがどのようなものか体験してみたい方はぜひ参加してみて下さい。
・YRSオーバルスクールFSWロング開催案内&申込みフォーム
http://www.avoc.com/1school/guide.php?c=os&p=osf#0
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|■ 9月10日(木) YRSドライビングスクールFSW
| サーキットを安全に速く走ってみませんか?
| コース1000のラップタイムは安定していますか?
| クルマの性能を100%引き出してみませんか?
ユイレーシングスクールでは、富士スピードウエイショートコースを走るた
めの「あんちょこ」を用意しました。受講される方に受付けでお渡しします。
座学では「あんちょこ」を元に車を動かす原理とショートコースの走り方を説
明します。座学終了後は走行時間までドライビングポジションの確認、質疑応
答の時間とします。昼食が終わったらコースを歩き走行ラインとクルマの姿勢
の作り方を説明します。
午後からの走行ではリードフォロー、同情走行を行い、最後に単独で走りま
すから自然な流れでFSWショートコースの走り方を吸収することができます。
サーキットを走る時、速く走ることが目的でも楽しみに走ることが目的でも、
やっていいこととやってはいけないことがあります。ユイレーシングスクール
ではクルマを走らせる時に必要な考え方を富士スピードウエイショートコース
をテーマにお教えします。
・YRSドライビングスクールFSW開催案内&申込みフォーム
http://www.avoc.com/1school/guide.php?c=ds&p=fds
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|■ 9月19日(土) YRSオーバルレースFSW
・YRSオーバルレース第4戦
http://www.avoc.com/2race/guide.php?c=sr&p=yor
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|■ 9月20日(日) YRSエンジョイドライビング
・YRSエンジョイドライビング開催案内&申込みフォーム
http://www.avoc.com/1school/guide.php?c=ds&p=yed#0
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|■ 9月25日(金) エンジンドライビングレッスン
エンジンドライビングレッスンの運営はユイレーシングスクールが行ってい
ますが、参加申込みはエンジン編集部が担当しますのでそちらにお問い合わせ
下さい。
エンジン編集部:03−3267−9681
・エンジン 公式ホームページ
http://engine-online.jp/top.html
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|■ 9月30日(水) YRSドライビングワークショップ筑波
・YRSドライビングワークショップ筑波開催案内&申込みフォーム
http://www.avoc.com/1school/guide.php?c=ds&p=dwt
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|■ 10月3日(土) YRSエンデューロ ファイナル
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|■ 10月3日(土) YRSスプリント ファイナル
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|4) コーナーの向こうに ‐ 今は昔 1973(2) トム ヨシダ
少年は走った。スポンジバリアに沿って走り続けた。それまでの人生で一番
速く走っているのではないかと思えるほど、速く走っていた。デコボコのグリ
ーンに足もとられずに駆けていた。
センターで黄旗静止。Bピットで黄旗2本静止。最終コーナーを下ってきた
ドライバーは、遅くともストレートに出た時点で行く手に何かあることに気が
つくはずだ。4番では、ポストに任されている信号のうち最大の危険を知らせ
る黄旗2本の振動だから、その先で起きていることが『ふつう』でないことを
想像できるはずだ。みんな注意しながら1コーナーに入ってくるはずだ。
2本。3本。4本。少年は頭の中で数えた。5本目の水銀灯の下に消火器が
おいてある。時々1コーナーのほうを振り返りながら走ってくるマシンに目を
やる。
3コーナーは動けなくなった2台のマシンでほとんどふさがれている。アウ
ト側に1台ようやく通過できるスペースがあるだけだ。ファルコンのセミモノ
コックフレームの上に乗せられていたボディカウルは砕けたのか、飛ばされた
のか、そこにはなかった。辻選手の上半身が丸見えだった。その背後の炎がい
やでも目に入った。
何台かのマシンが止まるぐらいの速度で事故現場を通過していく。「そうだ。
それでいい」。
と、消火器を手に取り再び1コーナーを見た少年の目に、グリーンの上を滑
りながら迫ってくる1台の赤いF2000が入った。エスケープゾーンは前日
の雨でぬかるみ滑りやすかった。「何やってんだ」。少年は立ちつくすしかな
かった。「こんな時にばかやろ」。少しずつスピードを落としながらふらつく
そのF2000が間近に迫ってきた。バイザー越しにドライバーの目が確認で
きるほどの距離だった。ドライバーは明らかに少年を見ていた。
「田中弘だ」。少年は怒りを覚えていた。
田中選手のマーチ732はテールを振りながらグリーンを走っていった。
3コーナーに向けた目に入ってきたのは、さっきよりも大きくなった炎だっ
た。ファルコンとKS03はほんの少し離れた所に止まっていた。再び駆け出
した少年は、まだドライバーが二人ともマシンの中にいることを確認していた。
「早く出ろ」。走りながら少年は世の中がグルグル回っているような感覚を
覚えていた。走っているはずなのに、足が地面についてないような感じだった。
フロントノーズがバラバラになり無惨な姿を横たえるKS03のコクピット
から宮脇選手が立ち上がろうとしているるのが目に入る。「自分で動いている。
大丈夫そうだ」。少年はまだドライバーが座ったままのファルコンを目指して
走っていた。
どのくらいの時間が経ったのかわからなかった。全てがスローモーションで
動いているようでもあった。少年は何も考えていなかったが、次に自分がやる
べきことは不思議と自覚していた。自然に身体が動いた。
ファルコンのドライバーがコクピットから立ち上がった。しかしその時、辻
選手の身体にも火が回っていた。「ウワーッ」。少年は叫びたいような気分だ
った。実際に叫んでいたかも知れない。少年にはその自覚がなかった。
1コーナーをマーシャルカーと救急車が走ってくるのが見えた。4番ポスト
かの消化車はすぐそこに来ていた。KS03のものかレース用のドライバッテ
リーが転がっていた。FRPの破片が散らばっていた。オイルなのか冷却水な
のか液体がコーナーのイン側に向かって流れていた。
「ドライバーの火を消さなきゃ」。しかし火だるまの辻選手はマシンから転
がりでると、コースの内側にある山田池に向かってヨタヨタと歩みを進めてい
た。少年とは反対の方向だった。熱いに違いなかった。少年はかって、そんな
場面に自分が遭遇するとは少しも思ってはいなかった。「こっちに来い」。声
にならない声を出しながら少年は走り続けた。5番ポストのオフィシャルも辻
選手を追いかけている。少年は左手で消火器を抱え、右手でかぶっていた帽子
を投げつけた。意味がないことはわかっていたが、辻選手に自分の気持ちを届
けたかった。
辻選手が倒れ込んだのは山田池の周りに高く茂ったススキのそばだった。少
年は消火器の安全ピンを抜くと、ホースを辻選手に向けて力の限りレバーを握
った。「消化駅は目にしみるのだろうか」。そんなことが頭をよぎった。
転げ回る辻選手の身体から赤い炎が消えた。あたり一面は白い消化液の煙で
かすんでいた。鈴鹿サーキットのスタッフが駆け寄った。「よし。これでいい。
自分の役目は終わった」。
まだ頭の中はフル回転していた。言われるまでもなく、少年は散らばったマ
シンの破片を広い始めた。どこか、それまで火に包まれていた辻選手を見たく
ない気持ちがあった。見ないために手を動かしていたのかも知れない。到着し
たレッカー車に集めた残骸を乗せた。バラバラになったレーシングカーの部品
がそれほど扱いにくいものだとは想像していなかった。部品と部品がワイヤリ
ングハーネスやステンレスで被服されたホースでつながっていた。どちらも簡
単には切ることができなかった。
車輪のもげた車がこれほど動かしにくいものだとは思っていなかった。レッ
カー車にファルコンのちぎれたフレームとエンジンを載せるためにはかなりの
人数が必要だった。既に予選は赤旗中断になっていた。もちろんコースを走る
レーシングマシンはなかった。6番ポストのオフィシャルも現場に来ていた。
あたりにはオフィシャルがコースを掃く箒の音だけが響いていた。
辻選手を乗せた救急車はコースを逆走してパドックにある救急センターに戻
っていた。自らもFL500レースに参加している山口真司医師がいるはずだ
った。
2台のレッカー車とマーシャルカーが現場を離れ、あとには散らかった破片
を流すためにまいた水と手ではつかめないほどの細かなFRPの破片、そして
ところどころに土の塊が落ちていた。少年たちは黙々と箒でそれらをコースの
外に掃き出す作業を続けた。
「いいでしょう」。「いいですよね」。5番ポストのポスト長と、どちらか
らともなく会話を交わす。口にしたのはそれだけだった。おっくうだからでは
なく、何を口にしたらいいのかその場にいるオフィシャルにはわからなかった。
みんな無口のまま4番ポストに戻った。
「まだFL」500の予選がある。辻選手の容態が気にはなるが、とりあえ
ずやらなくてはならないことをこなさなければならなかった。
その日のFL500の予選は、FJ1300の事故があったからかどうか、
いつもは見られるようなコースアウトやスピンするマシンは皆無だった。
コース員に限らず計時員も技術員も、その日の役務が終わるとグランドレス
トランの2階で一緒に夕食をとることになっていたが、少年は前の日に割り振
られたN棟の自分の部屋に向かった。とりあえず食欲がなかった。自動販売機
でビールを買った。お腹がすけばあと食べればいい。10時にグランドレスト
ランが閉まっても売店がある。
少し疲れていた。肉体的な疲れではなく、言いようのない重圧感のようなも
のを感じていた。
「こんなことが起きるなんて」。雑誌で自動車レース中の事故の記事を目に
したことはもちろんある。国内の事故も海外の事故も。海外の雑誌の記事でも
読んだことがある。事故はないほうがいいに決まっている。しかし、むしろド
ライバーが無事だった事故は『なぜ事故が起きたのか』、『どう対応したのか』
という2点で少年の興味を大いに引いたのも事実だった。
「やっぱりレースは危ない」。少年はその日に味わった現実から逃げること
ができないでいた。
数々の火災事故を教訓にレーシングカーには安全燃料タンクの搭載が義務づ
けられていた。金属のタンクの代わりに、ブラダーと呼ばれるゴムと繊維を重
ね合わせて作られた生地でできた袋のようなものが燃料タンクとして使われて
いた。毎月購読していたオートテクニックやオートスポーツに、以前書いてあ
ったのを思い出していた。
FJ1300にも、あのファルコンにも使われていたはずだ。それでも火災
は発生した。それも、自分の目の前で。いとも簡単に。それが現実だった。火
災を防ぐはずの安全燃料タンクは役に立たなかった。
どのくらいの時間が経ったのか、いつかレースがやりたいと漠然と思ってい
た少年は改めて、レースの危険性を自分のこととして認識していた。そこにい
たるメカニズムが解明できたような気がした。「だから事故は起こしてはいけ
ないんだ。スピンなんかしちゃいけないんだ。コースアウトも」。そう何度も
自分に言い聞かせると、酔いも手伝ったのか、少しずつ気が楽になるような気
がした。
夕食が終わるとコースオフィシャルはN棟の1室に集まった。少年にも声が
かかった。部屋で休んでいる人もいるが、ポスト長はほとんどの人が顔を出し
た。
N棟は修学旅行用に建てられたホテルで1部屋に2段ベッドが6つあった。
ベッドは子供向きのサイズで大人が寝るには少し小さかった。
コース委員長とコース副委員長はE棟の部屋に泊まっていたが、しばらくす
ると鈴木隆コース副委員長が顔を出した。少年が東京から駆けつける鈴鹿サー
キットのツーデーレースではおなじみの光景だった。鈴木さんはお財布からビ
ールやおつまみを買うお金を出してくれた。ポスト長たちはそれに自分たちの
お金を追加した。何人かが売店に買い出しに行った。
少年は鈴木さんに、2コーナーで田中弘選手のマシンにひかれそうになった
ことを報告した。予選が終わっても競技委員はその日起きたことのまとめをし
ていた。直接会えるのはいつもN棟でだった。「センターで黄旗静止が出てま
したよね」。少年が聞くと鈴木さんは首を縦に振った。
報告さえしておけばそれでよかった。ビールが届き、プラスチックのコップ
がみんなに配られた。お互いにビールをつぎ合う。鈴木さんが「いいかな。そ
れでは今日もお疲れさんでした」とみんなの顔を見ながら物静かな口調で言っ
た。2段ベッドの下も上もオフィシャルですし詰めだった。どの顔にも、いつ
もの笑顔はなかった。
少年は気になっていたことを聞いた。「辻選手はどうなんですか」。「身体
の3分の2が第3度火傷らしい。鈴鹿の病院にいるのだけど、詳しくはわから
ない」と鈴木さんは目を落としながら答えた。
身体の半分以上に3度のやけどをおうと命が危ないと聞いたことがある。
「無事だといいけど」。心配したくても何もできない自分にもどかしさを感じ
ていた。
ひとしきりみんなと話した鈴木さんは、「じゃぁ、明日もよろしくね」と言
って部屋を出ていった。残ったコース員はそれぞれに、その日に自分のポスト
で起きたできごとを話していた。だが、少年は口を開くのがおっくうだった。
いつものようにレース当日を迎えた。グランドレストランの2階で朝食をと
り、歩いてパドックへと向かった。
予選と違い、グランドスタンドはもう人であふれていた。グランドスタンド
に続くゲートにいるガードマンにオフィシャルパスを見せ、人をかき分けなが
らグランドスタンドに入る。遠くに伊勢湾がキラキラと輝いていた。視線を右
の方に移すと3コーナーがかすんで見えた。少年には昨日のできごとが遠い昔
に起きたことのように思えた。
<続く>
********************************************************** 奥付け ****
□メールマガジン"Go−Circuits"
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■問い合わせ:090−6539−4939(朝8時〜夜9時)
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